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Textile Industry Column糸偏コラム:自由な視点
私の回顧録

2026.01.12:第27回 私の回顧録

生地屋の催事
〜年2回の大型セール〜

みなさん、こんにちは。
「糸偏コラム」にお越しいただき、ありがとうございます。

前回のコラムでは、百貨店で行われた生地催事についてお話ししました。今回は、生地屋にとってもう一つの大きな山場である「売り出し」について振り返ってみたいと思います。

百貨店の催事が“外の舞台”だとすれば、今回お話しする売り出しは、まさに“自分たちの土俵”です。会社の中の空気が一気に非日常へと切り替わる、年に二回だけの特別な時間でもありました。

売り出し

◾️ 売り出しとは何だったのか

「売り出し」とは、生地屋にとって最大のイベントでした。 年に2回、1月と6月。それぞれ月初めの木・金・土の3日間に開催されるのが恒例でした。

1月は正月気分がまだ残る中での開催、6月は梅雨入り前後の少し蒸し暑い時期。季節は違っても、社内の空気は同じでした。どこかそわそわして、忙しさの中に高揚感が混じる、独特の雰囲気です。

売り出しの目的は、在庫整理や現金化といった実務的な側面だけではありませんでした。 日頃お世話になっているお客様に直接会い、生地を通して会話をし、関係を深める場でもあったのです。

年2回のセール

◾️ 初めて迎えた売り出し

私が初めてこの売り出しに参加したのは、入社した年の6月でした。 営業として現場に出始めたばかりで、まだ自分の立ち位置もよくわかっていない頃です。

「とにかく動いて覚えろ」 そんな空気の中で、右も左もわからないまま準備に加わりました。

売り出しの準備は、約1か月前から始まります。 営業担当は、過去の来店履歴をもとにDMを作成し、関東近郊のお客様へ発送します。 さらに、常連のお客様には一本一本、電話で案内を入れていきました。

今思えば、かなり手間のかかるやり方です。 それでも、この一手間があるからこそ、「待ってたわよ」「今年も行くからね」という言葉が返ってくる。その積み重ねが、売り出しを支えていました。


◾️ 設営という名の力仕事

売り出し準備の中でも、最も大変だったのが設営作業です。

会場となるのは、普段は事務所として使われている2階フロア。ここを、数日かけて“即席の売り場”に変えていきます。

設営は開催5日前からスタート。 まずは事務机や椅子、キャビネット類をすべて撤去。食堂や倉庫へと運び出します。

特に大仕事だったのが、壁面に固定されていた重量200kg超の棚を倒す作業です。 男性社員が総出で声を掛け合いながら、慎重に、しかし力任せに動かしていく。

倒した棚の上にベニヤ板を載せ、段ボールを噛ませて即席の什器を作る。 今振り返れば、かなり荒っぽい方法ですが、当時はそれが当たり前でした。


◾️ 会場が生まれ変わる瞬間

数日かけて設営が終わると、2階は一気に様変わりします。 壁には紅白幕が張られ、所狭しと生地が並ぶ光景は、まさに「ザ・売り出し会場」。

商品量を最優先したため、什器の下段に置かれた生地は正直ほとんど取り出せませんでした。 それでも、あの圧倒的な物量が、お客様の気持ちを高揚させていたのだと思います。

“掘り出し物がありそう” そんな期待感が、会場全体に漂っていました。


◾️ 当日の熱気とお客様の姿

売り出し当日。 開場前から、すでに人の気配があります。

来場されるお客様の多くは、50代以上の方々。 自分で仕立てた洋服を颯爽と着こなし、知り合い同士で声を掛け合う姿は、どこか同窓会のようでもありました。

「久しぶりね」 「今年はどんな生地があるの?」

そんな会話が自然と飛び交い、会場は一気に賑やかになります。


◾️ 生地カットという現場

売り出しの中心となる作業が、生地のカットです。

お客様が選んだ生地を、その場で希望の用尺に合わせて裁断する。 「この生地、3メートルお願い」 「少し多めに切ってもらえる?」

一つひとつの声に応えながら、手を動かし、会話を続ける。 このライブ感こそが、売り出しの醍醐味でした。

生地に触れながら、用途や仕立て方の話を聞くうちに、その生地がどんな服になるのか、自然と想像が膨らんでいきます。


◾️ 洋服好きが集う場所

売り出しは、単なるセールではありませんでした。 洋服を作ることが好きな人たちが集い、その情熱を共有する場所でもあったのです。

「これは娘のワンピースにするの」 「前回買った生地、すごく縫いやすかったわ」

そんな言葉を直接聞けることは、何よりの勉強でした。 生地が“商品”ではなく、“洋服の出発点”であることを、肌で感じる瞬間でもありました。

作品の出発点

◾️ 売り出しが教えてくれたこと

この売り出しを通じて、私は多くのことを学びました。

準備の大変さ、現場の忙しさ、体力的なきつさ。 それ以上に、人と人との関わりの温かさを知りました。

全員で一つのイベントを作り上げること。 お客様の声に直接触れること。

それらはすべて、後の仕事観にも大きな影響を与えています。


◾️ 次回予告

売り出しの現場には、忘れられないお客様との出会いがありました。 次回は、その中でも特に印象に残っている方とのエピソードをお話ししたいと思います。

どうぞ、次回もお付き合いください。



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