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Textile Industry Column糸偏コラム:自由な視点
私の回顧録

2026.01.11:第26回 私の回顧録

生地の催事
〜百貨店での思い出〜

みなさん、こんにちは。
「糸偏コラム」にお越しいただき、ありがとうございます。

前回のコラムでは、はじめての営業で知った業界の空気感や、仕事を続ける中で感じ始めた小さな違和感についてお話ししました。今回は、私自身の現場経験の中でも特に記憶に残っている「百貨店での生地催事」について、改めて振り返ってみたいと思います。

新人だった私にとって、百貨店の催事場は、少し背伸びをした世界であり、同時に、生地屋としての原点を叩き込まれた場所でもありました。今回は、横浜そごうでの生地催事を中心に、当時の雰囲気、現場の温度、人との関わり、そして今振り返って感じることを、できるだけ実際の体験に即しながらお伝えしていきます。

百貨店催事

◾️ 百貨店催事という特別な現場

百貨店の催事場は、普段の売り場とは明らかに空気が違います。限られた期間、限られたスペースに、人・モノが一気に集まり、独特の緊張感と高揚感が漂います。

私が新人として関わった生地催事も、まさにそんな空間でした。エスカレーターを上がった先に広がる催事場。 まだ設営途中の会場に、反物やカット生地が次々と運び込まれ、什器が組まれ、売り場が形になっていく。その様子を見ているだけで、「いよいよ始まる」という気持ちが高まったのを覚えています。

百貨店の催事は、単なる販売イベントではありません。そこには、百貨店側の思惑、出店する業者の期待、そして何より、お客様の楽しみに満ちた視線が交差していました。そのすべてを受け止める場所が、催事場だったのです。


◾️ 横浜そごう

私が強く印象に残っているのが、横浜そごうで行われた生地の催事です。当時、複数の生地屋が一堂に会し、百貨店の一角を使って販売を行っていました。

並んでいたのは、1着分ごとにカットされた着分生地や、メーター単位で販売するカット生地。価格帯も1,000円、2,000円、3,000円と手に取りやすく、洋裁をされる方にとっては宝探しのような空間だったと思います。

お客様は、生地を手に取り、光にかざし、指先で質感を確かめながら、「これで何を作ろうか」と想像を膨らませていました。その横で、私たちは必死に商品を補充し、説明をし、裁断を行い、レジ対応をこなしていました。

新人だった私は、とにかく目の前のことで精一杯でしたが、それでも「生地が主役になる場所」に立っているという感覚は、はっきりとありました。


◾️ 1着分の生地に込められた意味

1着分として切られた生地は、催事ならではの商品でした。必要な分量が最初から揃っており、価格も明快。お客様にとっては、非常に手に取りやすい存在です。

一方で、私たち売り手側にとっては、「どう見せるか」「どう伝えるか」が重要でした。同じ生地でも、畳み方ひとつ、置き方ひとつで印象が変わります。先輩たちは、色柄のバランスを考えながら、売り場全体がきれいに見えるよう細かく調整していました。

「生地は黙っていても売れない」

これは、当時よく耳にした言葉です。だからこそ、触ってもらい、広げてもらい、会話を通してイメージを膨らませてもらう。その積み重ねが、1着分の生地を“欲しいもの”に変えていくのだと、現場で学びました。


◾️ 催事を支えるカット売り

催事場でひときわ活気があったのが、カット売りのコーナーでした。反物から必要な長さをその場で切り、値札をつけて販売する。この一連の流れ自体が、ひとつのパフォーマンスのようでもありました。

「これ、2メートルお願い」 「少し余分に切っておきますね」

そんなやり取りが、ごく自然に交わされます。先輩がハサミを入れる音、反物が裁断台の上で滑る感触、メジャーを引く仕草。その一つひとつが、催事場のリズムを作っていました。

カット売りは手間がかかります。しかし、その分、お客様との距離が一気に縮まります。「どんなものを作るんですか?」「この生地、扱いやすいですよ」といった会話が生まれ、気づけば周囲に人だかりができていることも珍しくありませんでした。


◾️ 生地を通じた会話

催事で印象的だったのは、とにかく会話が多かったことです。お客様は、生地の質問だけでなく、ご自身の洋裁の話や、過去に作った服の思い出まで、楽しそうに話してくださいます。

「これは娘のために作るの」 「前にここで買った生地で作った洋服、まだ大事に着ているのよ」

そんな言葉を聞くたびに、生地が単なる商品ではなく、人の暮らしの一部になっていることを実感しました。新人だった私にとって、その一つひとつの会話が、仕事への向き合い方を少しずつ変えていったように思います。

また、お客様にとって催事会場は、洋裁をお仕事や趣味としている方々の社交の場でもあり、お客様同士で楽しそうに会話が弾んでいる様子をよく目にして心温まりました。

心温まる社交の場

◾️ 百貨店という場所の力

横浜そごうは、当時の業界を象徴するような存在でした。広々とした館内、洗練された売り場、そして多くの人が行き交う空間。その中に催事場があるというだけで、「ちゃんとした場所で仕事をしている」という不思議な緊張感がありました。

個人的に印象深いのが、ガラス張りの社員食堂です。忙しい合間に食事を取りながら、外の景色を眺めていると、不思議と気持ちが落ち着きました。あの時間があったからこそ、長い催事期間を乗り切れたのかもしれません。


◾️ 変わりゆく環境の中で

私がこの生地屋に入社したのは2月でしたが、その年の夏、そごうは経営破綻という大きな出来事を迎えます。業界に与えた影響は小さくなく、催事という形そのものも、徐々に姿を変えていきました。

当時は、目の前の仕事に必死で、先のことまで考える余裕はありませんでした。しかし今振り返ると、あの催事は、ひとつの時代の象徴だったように思います。


◾️ 今だからこそ思うこと

オンラインで何でも買える時代になり、催事の数は減りました。 それでも、あの現場で得た経験は、今も私の中に残っています。 人と直接向き合い、言葉を交わしながら、 生地に触れ、その場の雰囲気や温度感までを共有する。 その価値は、形を変えても決してなくならないはずです。

生地催事は、売る側と買う側が同じ空間で時間を共有する、非常に人間的な場でした。だからこそ、今でも強く記憶に残っているのだと思います。

催事

◾️ 次回へ

次回は、催事とはまた違う「売り出し」というテーマでお話しします。限られた期間、限られた条件の中で、生地がどのように動き、どんなドラマが生まれていたのか。現場で見てきたことを、引き続きお伝えできればと思います。

どうぞ、次回もお付き合いください。



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