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Textile Industry Column糸偏コラム:自由な視点
私の回顧録

2026.01.09:第24回 私の回顧録

見習い営業
〜キャラバン〜

みなさん、こんにちは。
「糸偏コラム」にお越しいただき、ありがとうございます。

前回のコラムでは、営業に出る前の「準備」や「段取り」についてお話ししましたが、今回はいよいよその準備を胸に、実際の現場へ足を踏み出した頃のお話です。

とはいえ、まだ私は“一人前の営業”ではありません。肩書きは営業でも、実態は見習い。先輩の隣に座り、後部座席に積まれた大量の生地とともに走る日々。今回は、そんな私の「キャラバン営業・同行デビュー」の記憶を辿っていきたいと思います。

自己紹介を兼ねた回顧録にはなりますが、洋服という世界に関わり始めた頃の空気感、そして営業という仕事のリアルを、少し情感多めでお届けできたら嬉しいです。どうぞ肩の力を抜いてお読みください。

見習い営業

◾️ キャラバン営業

当時の営業スタイルは、いわゆる「キャラバン方式」。 ワゴン車の荷台に生地を山のように積み込み、各地のお客様を回る移動型営業です。

車内は、常に生地の匂い。走るたびに、後ろで生地がわずかに擦れる音がして、「今日も一緒に旅してるな」と妙な連帯感を覚えたものです。

私の役割は、運転…ではなく、基本は“助手席”。 地図を確認し、次の訪問先を頭に入れ、先輩の会話を一言も聞き逃さないように耳を澄ませる。今思えば、あの助手席は最高の特等席でした。


◾️ 埼玉へ 〜懐メロが流れる洋装店〜

最初に同行したのは、埼玉県内のお客様。 蕨(わらび)や所沢あたりだったと思いますが、正直なところ、当時は地名よりも緊張感のほうが勝っていました。

最初に訪れたのは、いわゆる“昔ながらの洋装店”。 扉を開けた瞬間、空気が変わったのを今でも覚えています。

レースのカーテン、少し色あせた木製の什器、壁際に並ぶトルソー。どこか昭和の喫茶店のような、時間がゆっくり流れる空間でした。

そして流れていたBGMは、太田裕美さんの『木綿のハンカチーフ』。 当時ですら「懐かしい曲」という位置づけでしたが、その場には不思議とぴったり馴染んでいました。

「やっぱり、太田裕美はいいよねぇ」

店主のその一言で、場の空気が一気に和らぎます。 生地の話よりも、音楽や昔話が先に出てくる。営業というより、近所の知り合いの家にお邪魔しているような感覚でした。

ここで私は初めて知りました。 “売り込まない時間”も、営業の大切な一部なのだと。

キャラバン

◾️ 洋裁教室という場所 〜生地が人をつなぐ〜

次に訪れたのは、地域の洋裁教室。 ここは、営業にとって非常に重要な存在でした。

先生が生徒さんに生地を勧めてくださることで、その場で購入につながることも多く、私たちにとっては本当にありがたいお客様です。

先生は単なる「お得意先」ではありません。 生地と生徒さん、そして私たち営業をつなぐ“架け橋”のような存在でした。

生徒さんが生地を選び、作品を作り、それがまた次の授業につながる。 その循環の中に、私たちの生地がそっと入り込んでいる。

購入金額に応じて、ささやかな謝礼や割引を行うこともありましたが、数字以上に大切だったのは「信頼関係」でした。

生地は、ただの素材ではなく、人と人をつなぐ媒介なのだと、ここで強く感じました。


◾️ 見習いの立ち位置 〜話さない勇気〜

同行営業中、私は基本的に多くを語りません。 というより、語れませんでした。

生地の知識も、お客様との関係性も、まだまだ先輩には及ばない。 だからこそ、ひたすら聞く。見る。覚える。

先輩がどんな順番で生地を広げるのか。 どんなタイミングで冗談を挟むのか。 どこで一歩引くのか。

営業は話術だと思っていましたが、実際は「間」の仕事でもあることを、この頃に学びました。


◾️ 上越市へ 〜真冬の訪問〜

特に印象深いのが、新潟県上越市への同行です。 前任の営業担当が退職された後、「一度来てほしい」と連絡をいただきました。

私が入社して、まだ2週間ほど。 正直、不安しかありませんでした。

2000年2月。真冬の新潟。 雪はしんしんと降り、足元は凍結。 「新潟の冬」を、私は完全に甘く見ていました。

訪れたのは、洋装店と洋裁教室が一体となったお店。 ちょうど教室の日で、生徒さんが何人もいらっしゃいました。

生地を広げると、 「これ、いいわね」 「これでコート作ろうかしら」 と、その場で生地が動いていく。

私は横で立ち、光景を目に焼き付けるだけでしたが、その時間は強烈に記憶に残っています。


真冬の訪問

◾️ もうひとつの記憶 〜長崎屋のニュース〜

その日の会話の中で、ふと出た話題が、長崎屋の経営破綻。

かつて自分が関わっていた会社の名前が、遠く離れた上越の地で語られる。 それは、少し不思議で、少し切ない感覚でした。

経済の動きは、新聞の中だけの話ではない。 こうして、地域の商店や人の暮らしに直結しているのだと、実感した瞬間でもありました。


◾️ 営業とは何かを考え始めた頃

見習いとして同行する中で、私は少しずつ「営業とは何か」を考えるようになりました。

営業は、モノを売る仕事ではあります。 でも、それ以上に、人と向き合う仕事です。

話を聞き、信頼を積み重ね、時間をかけて関係を育てる。 その延長線上に、自然と生地が動く。

洋装店や洋裁教室を訪ねるたび、洋服という文化が地域の暮らしに根付いていることを感じました。 その一部に生地屋として関われることが、やりがいになりました。


◾️ 次回へ

この頃に出会った上越市のお客様とは、その後も長くお付き合いが続くことになります。 山あり谷あり、学びも失敗もたくさんありました。

次回は、いよいよ「営業の独り立ち」。 先輩の背中を追いかけていた私が、ひとりでハンドルを握る日のお話です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。 また次回の「糸偏コラム」でお会いしましょう。



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