2026.01.24:第39回 私の回顧録
仕入れ編
〜ホームページ 開設〜
みなさん、こんにちは。
前回のコラムでは、仕入れ担当として「商品をどう売るか」、つまり売ることそのものについて振り返りました。仕入れた商品をどう見せ、どう伝え、どうお客様のもとへ届けるのか。今回は、その延長線上にありながら、当時の私にとっては最も大きな挑戦だった「ホームページ開設」についてお話ししたいと思います。
今振り返れば、このホームページという存在は、単なる販売ツールの一つではありませんでした。仕入れ担当としての現実、売上への責任、会社員としての立場。その一方で、どうしても抑えきれなかった「もっと伝えたい」「もっと違う形で発信したい」という個人的な想い。その両方が重なり合った場所が、ホームページだったのだと思います。
◾️ 小さな違和感から始まった挑戦
当時、私は仕入れ担当として日々商品と向き合っていました。良い生地を探し、価格を交渉し、数量を決め、サンプルを作る。そして、それをどう売るかを考える。店頭、カタログ、FAX、電話。やれることは一通りやっていましたし、決して怠けていたわけではありません。
ただ、どこかに小さな違和感がありました。
「この商品の良さ、全部伝わっているだろうか」 「この生地を選んだ理由、ちゃんと届いているだろうか」
仕入れ担当として商品を選ぶとき、私は必ず「なぜこれを扱うのか」を考えていました。素材の面白さ、風合い、価格とのバランス、用途の広さ。頭の中にはたくさんの言葉がありました。でも、それがそのままお客様に伝わる場は、当時ほとんどありませんでした。
売るための情報はある。でも、背景や想い、少し寄り道した話は、なかなか載せられない。そこに、もどかしさがあったのだと思います。
◾️ 販売ツールを増やしたい、という建前
もちろん、ホームページ開設を考えた理由として、「販売ツールを増やしたい」というのは、正直なところ大きな要素でした。会社としても、仕入れ担当としても、売上を伸ばすことは大前提です。
もともと私たちの会社は通販をベースにしていました。対面販売だけでなく、遠方のお客様にも商品を届ける文化がありました。そう考えると、ホームページという存在は、非常に相性が良かったのです。
電話やFAXでの注文が主流だった時代に、24時間いつでも情報を見られる場所がある。それだけでも、大きな意味がありました。
さらに、サンプルを発送した後のフォローにも使えると考えました。
「今、この商品は品切れです」 「こちらがおすすめです」
そうした情報を、ホームページでタイムリーに伝えられたら、業務も効率化できる。合理的な理由はいくつもありました。
ただ、それはあくまで“表向き”の理由だったのかもしれません。
◾️ 本当は、少し違うことをしたかった
心のどこかで、私は思っていました。
「せっかくやるなら、他と同じことはしたくない」
当時の企業ホームページは、どれも似たような構成でした。会社概要があって、商品一覧があって、問い合わせフォームがある。もちろん、それはそれで必要な情報です。
でも、それだけでは物足りなかった。
私は仕入れの現場で、たくさんの背景を見てきました。生地が生まれる過程、作り手の想い、使われ方の広がり。洋服や服作りの世界には、もっと面白い話が詰まっている。
それを、もう少し自由な形で伝えられないだろうか。
今で言えば「コンテンツ発信」や「ストーリー」と言われるようなことですが、当時はそんな言葉も一般的ではありません。ただ、「面白いことをやりたい」「ちゃんと伝えたい」という感覚だけがありました。
◾️ ネット洋裁教室という発想
洋裁というと、専門的で敷居が高いイメージを持たれがちです。でも実際は、もっと身近で、もっと自由なものだと思っていました。
型紙があって、生地があって、ミシンがあれば、服は作れる。失敗も含めて楽しい。その感覚を、画面越しでも伝えられたらいい。
文章を書き、写真を撮り、少しずつコンテンツを積み上げていきました。正解があるわけではなく、手探りの連続です。それでも、「誰かに届くかもしれない」という期待が、作業を前に進めてくれました。
◾️ 親ばか日記に込めた、もう一つの想い
もう一つのコンテンツが、洋裁日記「パパソー親ばか日記」でした。
娘の服を作り、その記録を残す。ただそれだけのことですが、そこには私なりの狙いがありました。
服作りは、特別な人だけのものではない。 日常の中にあって、家族との時間と自然につながっている。
そういう空気感を伝えたかったのだと思います。
結果的に、「毎回楽しみにしています」「読んでいて温かい気持ちになりました」という声をいただくようになりました。それは、売上とは直接関係ないかもしれません。でも、確実に信頼につながっている感覚がありました。
◾️ 2004年という時代背景
今振り返ると、2004年頃は、まだインターネットが今ほど身近ではありませんでした。SNSもなく、ブログ文化も発展途上。企業が個人的な文章を載せること自体、珍しい時代です。
だからこそ、反応がダイレクトでした。
メールで届く感想。 展示会で直接かけられる言葉。
「ホームページ、見てますよ」
その一言が、何よりの励みでした。
◾️ 技術との格闘
最初は、原稿と写真を用意して、Webデザイナーにお願いしていました。しかし、更新のたびに依頼するのは時間もコストもかかります。
そこで、いくつかは自分でやろうと決めました。
HTML、CSS。今でこそ当たり前の言葉ですが、当時は一つ一つが新鮮でした。画面が崩れては直し、リンクが飛ばずに悩み、夜遅くまでパソコンと向き合う日々。
正直、大変でした。
でも、不思議と嫌ではなかった。
自分の手で形を作り、自分の言葉で発信できる。その自由さが、何より楽しかったのだと思います。
◾️ 仕事として広がっていったホームページ
この経験は、社内外にも広がっていきました。
2008年には、オートクチュールのウェディングドレスを手掛ける方のホームページ制作を依頼されました。2011年には、会社内でBtoB向けサイトの立ち上げにも関わりました。
いずれも、サーバー管理から更新まで含めて対応しました。本業は仕入れの仕事でしたが、いつの間にかホームページを作る人にもなっていたわけです。
◾️ 13年間、続けたという事実
ホームページは、結果的に13年間続けました。
派手な成功があったわけではありません。でも、続けたからこそ見えた景色があります。
地味で、手間がかかって、すぐに成果が出るものではない。それでも、積み重ねることでしか得られない信頼がある。
仕入れ担当として「売るため」に始めた挑戦は、いつの間にか「伝え続ける」ことそのものになっていました。
◾️ ホームページという居場所
ホームページは、私にとって仕事の延長でありながら、少しだけ個人的な居場所でもありました。
会社員としての立場を守りながら、自分の言葉で語れる場所。
その存在があったからこそ、仕入れの仕事も、洋服との関わりも、より深いものになったのだと思います。
◾️ おわりに
今回のコラムでは、ホームページ開設という挑戦について振り返りました。売るため、という現実的な理由と、ユニークな発信をしたいという個人的な想い。その両方が重なった結果、生まれたのがあのホームページでした。
次回以降、運営を続ける中で感じたことや、そこから広がっていった話も、また機会があればお話ししたいと思います。
仕入れ担当として選んだ最大の挑戦は、振り返ってみると、自分自身を知るための時間でもありました。